美馬市医師会概要
医師会概要
団体名 | 一般社団法人 美馬市医師会 |
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代表者 | 木下 雅俊 |
担当者 | 山口 千春、戸村 千枝 |
住所 | 〒771-2106 徳島県美馬市美馬町喜来市2-1 |
電話番号 | 0883-63-3171 |
FAX | 0883-63-2521 |
アクセスマップ |
役員一覧
役職名 | 氏名 | 医療機関名 | 住所 |
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会長 | 木下 雅俊 | 木下医院 | 美馬市美馬町字喜来市2-1 |
副会長 | 成田 一之 | 成田クリニック | 脇町大字猪尻字東分27番地1 |
副会長 | 佐藤 純瑞 | 佐々木医院 | 美馬町字宗重114番地1 |
理事 | 國見 欣也 | 国見医院 | 穴吹町穴吹字九反地1番地1 |
理事 | 大田 耕司 | おおた整形外科クリニック | 脇町馬木字銚子場1176番地3 |
理事 | 須藤 泰史 | つるぎ町立半田病院 | つるぎ町半田字中藪234番地1 |
理事 | 佐藤 一樹 | 佐藤内科 | 脇町字拝原1415番地2 |
理事 | 藤野 晴彦 | 成田病院 | 脇町字拝原2576番地 |
監事 | 市橋 俊文 | 市橋内科医院 | 美馬市脇町大字脇町725番地2 |
監事 | 永尾 仁 | 永尾病院 | つるぎ町貞光字大須賀66-2 |
沿革
美馬郡医師会発会式 明治41年1月7日(成田公成蔵)
1. 創設
明治18年
本県甲第92号の布達に基き同年に「美馬郡医師組合会」を設置した。本会は明治18年医師会行規則第9条の各項を討議講究し、医師の本分を尽し将来の進歩を計ることを目的として、郡内開業医師を以って組織した。その長の役を会頭とし、三宅玄達が初代会頭となった。会員数73名であった。
2. 規則制定
明治39年 11月
「医師会規則」が制定。これに基づいて明治41年1月7日脇町郡集会所で「美馬郡医師会」の発会式を行った。
3. 新医師会設立
大正8年 12月
新美馬郡医師会設立
4. 徳島県医師会美馬支部設立
昭和17年 10月
国民医療法の発布により、同年12月23日美馬郡医師会は解散となり、新徳島県医師会が設立され、美馬郡医師会は徳島県医師会美馬支部となった。
5. 社団法人美馬郡医師会設立
昭和22年 11月1日
社団法人美馬郡医師会設立
6. 市町村合併 美馬市医師会へ名称変更
平成17年 3月
美馬郡5町2村が合併し、美馬市・つるぎ町が誕生。それに伴い、美馬郡医師会は美馬市医師会に名称変更
7. 一般社団法人に移行
平成25年 4月
一般社団法人に移行
2014年1月1日現在
会員数
医療機関数
医療機関数
80名
40施設
歴代会長
歴代 | 氏名 | 任期 |
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初代 | 三宅 玄達 | 明治18年 |
二代 | 塩田 見竜 | 明治27年 5月 |
三代 | 武市 環 | 不明 |
四代 | 永井 英碩 | 不明 |
五代 | 佐藤 敏太郎 | 明治39年 11月 |
六代 | 笠井 彰栄 | 不明 |
七代 | 秦 嘉平 | 大正7年 3月 |
八代 | 北室 直市 | 大正9年 3月 |
九代 | 古城 豊蔵 | 大正11年 3月 |
十代 | 三宅 弥之治郎 | 大正13年 3月 |
十一代 | 逢坂 佐馬之助 | 大正15年 3月 |
十二代 | 佐々木 精一 | 昭和3年 3月 |
十三代 | 大島 兵治郎 | 昭和5年 3月 |
十四代 | 永井 尚英 | 昭和7年 3月 |
十五代 | 森 誠三 | 昭和18年 8月 |
十六代 | 宇山 栄市 | 昭和21年 12月 |
十七代 | 秦 雅夫 | 昭和29年 3月 |
十八代 | 永尾 清 | 昭和36年 11月 |
十九代 | 佐藤 一二 | 昭和59年 4月 |
二十代 | 真鍋 五郎 | 平成2年 4月 |
二十一代 | 佐藤 俊雄 | 平成6年 4月 |
二十二代 | 和田 昇 | 平成12年 4月 |
二十三代 | 谷口 博美 | 平成16年 4月 |
二十四代 | 木下 雅俊 | 令和4年 5月 |